春の始まり

今日から9月、シドニーは暦の上では正式に春です♪
近くの学校に咲く、桜の木も本当にきれいで、
なんだか嬉しくて、勝手に『桜祭り』、『春祭り』でした。
今日の夕食も、巻き寿司とお稲荷さん、から揚げなど、
気分はすっかりお花見。

私は四季のある日本に生まれ育って、本当に幸せだと思えるのに、
最近の日本の若者は、日本人であることや、
日本という国が恥ずかしいと思っている人がとても多いんですって。

そんなお話を文芸春秋の7月号に藤原正彦さんが、
『日本国民に告ぐ』というタイトルで掲載されていて、
私の周りでも、話題になっています。

最近は、地球レベルや宇宙レベル、
はたまた魂レベルでものごとを見てきていたので、
あまり日本人だから・・・とか思ったことは特別なかったのですが、
自国を誇れないとは、とてもさみしいことじゃないですか。

西洋諸国とは、価値観を異にする『美徳』や高い精神性を、
今の日本の若者が知らないのは、やはり戦後、
再び日本が西洋の脅威とならないように
骨抜きにされてしまった結果なのでしょうか。

歴史的にも日本を訪れた西洋人を過去に驚かせたのは、
地位や貧富に関わらず日本人が備えていた礼儀や品位、
自然を尊び和を重んじる姿・・・精神性の高さだったはずなのに、
今では『自国を誇れない国民』となってしまったのですね。

自分の国や自分の民族を好きでない人というのは、
はたして自分自身を好きでいられるのでしょうか・・・

たとえ、過去に過ちを犯した史実があり、
国の現状が世界に自慢できるものでなくても、
「だから、この国は恥ずかしい国だ」と
自分が生まれ育った国を貶めるようなことを言う人達は、
自分の家族や自分自身のことも本当に愛せているのでしょうか。

自分の属する民族や国を好きでない、ということは、
私にはもっと根深い問題があるのではないかと思えます。

だって、それならどんな国なら誇りに思えるというのでしょうか、
裕福な国、過去に汚点のない国、美しい国民の住む国・・・?
それは条件付きの愛と似ていますね。

そういう人達は、家族や友人、自分をも
条件付きでしか愛せないのではないか、と、
私は心配になってしまいます。

だって、『いいとこ探し』のできる人というのは、
嫌な部分を受け入れた上で、それよりも良い部分を見ようとするので、
とても幸せな生き方ができますよね。

もし、日本に自国を誇りに思えない人達が多くなったとしたら、
日本には不幸な人達が増えたのではないかと、ちょっと哀しくなります。

でもね、一方でやはり国を誇りに思い、国だけでなく人が大好きで、
何かを変えていこうとしている人達も、日本にはたくさんいるのです。
本当に明るい未来を築こうと一生懸命に活動している方たちが、
想像以上に多くて、いつかは誰もがそんな活動家たちに心を動かされたり、
何かが少しずつ変わっていったりするはずです。

だから、その記事を読んだ時は、ちょっと哀しかったけれど、
私はやはり日本人の底力を信じたいのです。
あくまでも日本好きの私は、日本人の精神的な高さを心から信じたいのです。
いえ、本当は日本人に限らず、
神さまが完璧に創ってくださった人の力を信じたいのです。

春の始まりに桜を見て、輝く未来しか見えないような、
そんな明るい一日でした。
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by dewdrop3 | 2010-09-01 20:46 | 日々雑感

シドニーでボディ・マインド・スピリットのバランスのとれた、さとう式的ゆるキラ・ライフ♪


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