ただいまっ♪


シドニーでボディ・マインド・スピリットのバランスのとれたライフスタイルを
by dewdrop3
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空白期間の出来事  過去世の話

Nちゃんが、話してくれた


私の浄化できていない過去世とは・・・



わたしは、戦国時代、いい家柄の武家の奥さんでした。

ご主人さまがお城勤めの時、

4、5歳の息子も、年のころが同じ若殿の遊び相手にと、父上と一緒に呼ばれて

毎日のように、若君と遊んでいました。



ある日、主人と息子がお城へでかけたまま、

二人は、夕げの時間になっても戻りません。

その頃、お城では大変な騒ぎになっていました。



若君と遊んでいたさつきの息子は、

自分のおもちゃを若君に取られ、もみ合いになったとき

若君を突き飛ばした拍子に、なんと若が縁側から落ち

怪我をさせてしまったのでした。



その結果、わたしの息子はその場でお咎めを受け

そのままお城に囚われ、後日罰をうけたのでした。

わたしが息子に会うことは、二度とかないませんでした。



そんな過去世の因縁から、子供の姿が見えないと、

私はすぐに心配する母親になっていたらしいのです。



息子を突然無くし、嘆き悲しんだ武家の奥方だったわたしは

もう一度だけでも息子に会いたいと、ずっと願っていました。

そしてNちゃんに言われたこと・・・、



「みほちゃんは、弟さんがいるんじゃない?

その弟さんと、すごく仲がいいでしょう?

その彼が息子ちゃんだったんだよ

ちゃんと、会えてよかったね」



もう、私は過去世の自分と息子が不憫なのと

その息子に再会できたと知って、

涙があふれてしまいました。



そして、この哀しい過去を

Nちゃんにきれいに浄化してもらいました。



わたしは単純なので、それから私の心配性はコロッとなくなり、

”リコは、絶対大丈夫、

彼女はしっかり守られているし

すべて、うまくいってるよ”と

急に楽天的に思えるようになったのです。



もともと楽観的な私が、どうしてこと子供に関してだけは

こんなに心配でたまらないのか、

その謎が解けて、本当にすっきりしました。



わたしは輪廻転生を信じているから

過去世の話は、すんなり聞けて

浄化もされたけど、

生まれ変わりを信じない頑なな人たちには

これってどう思うんでしょうね・・・。



でも、わたしにとっては、『これにて一件落着!』

の出来事でした。
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# by dewdrop3 | 2009-05-31 17:32 | 不思議な話 | Comments(0)

空白期間の出来事  運命の再会

ウェブサイトの立ち上げで忙しかった12月のある日、


以前、指圧やリフレクソロジーをしてもらったNちゃんに

オフィスの外でばったり会いました。

今ではシドニーでは有名な、サイキック指圧師のNちゃんです。


ちょっと立ち話のあと、私の肩に触れて

「みほちゃん、お水たくさん飲んでね、眼も文句言ってるよ」

と言われ、さすがNちゃん、

私の角膜手術のこともわかっちゃったか・・・

仕事が一段落したら、またゆっくりお話したいな、Nちゃんに。



その時の私は、自分の脳の動脈瘤騒ぎと、仕事の締め切りと

リコの小学校卒業、ハイスクール入学、

しかも最後までどのハイスクールにするか、リコが迷っていたこともあって、

本当に、心身ともに、落ち着かず、わさわさしていた時期でした。



リコはセレクティブ・ハイスクール試験で、志望校2校に受かったものの、

遠くの共学校と、近くのワンランク下の共学校、

それから地元の女子が通う女子高の選抜クラス、の3つのチョイスがあり

最後まで迷っていました。



結局、近くの共学セレクティブ校に、本人が決めたものの、

リコも私とダンナも、本当にこれでよかったのか、定かではありません。

でも、もしリコがハッピーじゃなかったら、転校すればいいか・・・

と、その時にベストと思われる選択をしたリコを信じました。



でも、学校選びだけでなく、一人娘のリコのことは

ちょっと帰る時間が遅くなっただけで、ものすごく気がかりで仕方なく

我ながら過保護な親だな、と思ったものです。



そんわけで、Nちゃんに1月に家に来てもらったとき、

さつきのこの心配性もしっかり指摘されました。



家でリコをちらっと見て、N’ちゃんは

「この子は何の心配もいらないよ。古い魂だし

平和が好きな子だから、どこでもうまくやっていけるから」

と、たのもしいお言葉。



マッサージをして、私の身体をほぐしていくうちに

「みほちゃん、その心配性がどうしてなのか、

過去世から原因が見えたわ・・・」

と、Nちゃんが話してくれました。
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# by dewdrop3 | 2009-05-31 09:51 | 不思議な話 | Comments(0)

空白期間の出来事  決断

Yさんのヒーリングを3回受けて、とっても気分がよくなった私は


ウェブサイトの立ち上げの締め切り2008年の12月まで、

頑張って働きました。



その間にも、友人たちは脳動脈瘤について、

いろいろな体験談を寄せてきてくれます。

けいちゃんの友人の日本の脳外科医の方も

忌憚のない日本での現状を伝えてくれました。(感謝、感謝・・・)



メルボルンの大事な友人の父上が、やはり動脈瘤で手術をされて

手術自体は成功だったけれど、術後の経過が悪く、感染症か何かが原因で

亡くなったことをメールで教えてくれました。

そして、いろいろなアドバイスも・・・



どんなことでも手術となれば、麻酔や感染、

抵抗力の低下によるリスクは伴います。

特に頭を切るとなると、神経がたくさんある場所だけに

皮膚感覚が戻らなかったり、聴覚、視覚に障害が残ったり

手術は成功しても、何らかの後遺症が残る可能性も大です。



その友人は、日本ではドクターの言うことは’絶対’という風潮があるし

セカンドオピニオンも本来なら聞くべきだったのに

でも、自分が海外に住んでいたから

父を別の病院へ連れて行ってあげることもできず

医者に勧められるまま、父が手術をしたのが心残りだ、と言っていました。



結局、切って後悔するか

切らないで破裂した時に後悔するか、

もう、本人が’納得して’決めるしかないのです。



手術をした人のブログなども読みました。

「いつ動脈瘤が破裂するか、とビクビクして暮らすくらいなら

さっさと手術してしまおうと思った」とか

確かにもっともな決断です。

私もビクビクしながら暮らすのは、まっぴらです。



でも、私の場合、なんだか破裂しないような気がするのです。

それは’根拠のない’自信というか

”自分だけは’事故にあわない’って思う楽観主義?”

ともちょっと違う、自分の直感です。



シドニーの財前教授、ドクターMの診療室で

「手術の’同意書’にサインするな!」って聞こえたのと同じ

心の声なのかな・・・。



それは、’根拠のない自信’とは別もので、

私なら爆弾を抱えていても、恐れながら暮らすのでなく、

たぶん、普通に暮らしていけるかな、と思うだけです。



そして、セカンド・オピニオンを求めるために予約した脳外科医

ドクターLにも会いました。

この先生は、ドクターMとはまったく違ったタイプの医師て、

どちらの選択肢もありです、あなた本人が決めるしかないですから、とのこと。



破裂の確立は2%前後、手術のリスクは5%前後、

破裂の確立は年とともに、上がっては行くけれどね、と・・・。



そこで、日本で受けたMRIの他に、CTAという

血管造影で写す動脈スキャンの’検査’を勧められました。



結果が出たのはクリスマス後、

レポートを読むと、私の動脈瘤は、直径3.5ミリとなっていました。

MRIの検査では、5~6ミリと書かれていた同じものが、です。

「え、小さくなっている!」



ドクターたちは、動脈瘤が小さくなることはありません、

多分MRIの角度によって、正確にわからなかっただけでしょう、と言うけれど

わたしは小さくなったと信じています。

そして、それが一番うれしいクリスマス・プレゼントでした。



あの、私が突然笑い出してしまった不思議な体験・・・

Yさんの’ヒーリングの’おかげだと思っています。

早速ボスにも報告しました。



年齢や動脈瘤の場所にもよるけれど、直径5ミリ以下の場合は、

即手術より様子を見る場合が多い、ということなので

わたしも、「手術は今はしないで、様子をみます!」

と、’手術しない宣言’を、しっかりドクターにも家族にもしました。



少なくとも、爆弾は抱えていても

いつ破裂するんじゃないか、と怯えながら暮らすことは

今の私にはありません。

爆発するのでは、と不安に思う時がきたら

また笑って吹き飛ばすか、または、手術台に潔く上るつもりです。



でも、今の私は自分のこうした一連の流れを、信じたいと思います。

内なる声に従ったり、Yさんに出会えたこと、ヒーリングを受けたこと

なんだか、大きなものにつき動かされている気がします。



そして、そう思えることは、本当にこころ安らぐ気持ちで

「手術をしない」、と決めたわたし自身に、わくわくしている自分がいます。

だから、自分の決断に、決して後悔はしていません。



楽観主義で、危ないついでに言うと、

自分の動脈瘤や動脈に、

「無理をさせてしまってごめんね、

これからはもっと大切にするからね

そして、私の周りにいる大切な人たちへの、感謝の気持ちであふれさせてくれて

本当にありがとう、気づきをどうもありがとう・・・」

と、感謝も忘れずに伝えました。








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# by dewdrop3 | 2009-05-30 23:32 | 不思議な話 | Comments(0)

空白期間の出来事  癒しの体験

脳動脈瘤の話をヒーラーのY さんにも伝え、


とりあえずMRIのコピーも持参して、2種類のヒーリングを始めてもらいました。

3回に分けてセッションを行なうとのことですが

いつも、私は仰向けで眼を閉じ、横になっていただけです。



初回は、特にこれと言った感触はありませんでしたが、

両手の平の上をボールがコロコロ転がっているような

そんな感じがしました。

気持ちよかったので、あっという間にセッションが終わった気がしました。



二回目は、コロコロ感覚がもっと顕著になって

くすぐったいほど手の平がグルグルし

足の裏にも同じようなグルグル感がきました。

それが、身体全体の大きなタテ軸の周りをグルグル回る感じに変わり

身体をゆだねていると、とても気持ちよく感じたものです。



そして、三回目、

Yさんがヒーリングを始めると、二回目と同じ感覚が来たと思ったら

口角がだんだん上に上がってきました。

”え、なになに?わたし、もしかしてスマイルしている?

顔の筋肉が勝手に動いてる・・・なんだこれ?”



”ひえ~、まだ口角があがってる、

もしかして私、笑い出しちゃうかも・・・そんなの超、不謹慎。

一生懸命やってくれているYさんに失礼だわ、

でも、ヒーリング中に踊りだしちゃう人も、身体が自然に動き出す人もいるって

そういえばYさん、この前言っていたよね。

私の場合は、「笑い?」って・・・こんなのあり?”



でも、もう次の瞬間には、プーッと吹きだして

笑いが止まらなくなっていました。



「あ~、ごめんなさ~い、Yさん。アー八ッハ、止められないの。

もう、可笑しくって、キャーハッハ、

意味もなく、勝手に笑い出しちゃうの、ギャハハハ・・・」



涙が出てきて、お腹が痛くなるほどでした。

仰向けのまま、涙流しながら笑う私って、なんて不気味な絵・・・。

でも止められません。



「いや~、誰か止めて~、アーハッハハ」

Yさんも、私につられて笑わないように、我慢してヒーリングを続けていたけど

あれは、絶対に横向いて笑っていました。



そして、セッション終了。

私の顔は、笑い涙でグショグショ・・・

でも、涙とバカ笑いで、ものすごい爽快感です。



確かに近頃の私は、動脈瘤の一件で

どよ~んと悩んでいました。

手術のこともお金のことも・・・

わたしにもしもの事があったら、今からリコにできることはしなくちゃ

なんて考えてみたり・・・



状況は何一つ変わっていないけど

このヒーリングのおかげで、何かがすごく変わった気がしました。

もう、大丈夫な感覚です。



不安の中で生きていたのに、この根拠のない安心感は’何’なのだろう・・・

まぁ、なんだっていいや、私にに元気が戻ってきたこと

それが一番なんだから・・・。



でも、後で驚くことが起こっていたとは、その時はまだ知らない私です。
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# by dewdrop3 | 2009-05-30 22:06 | 不思議な話 | Comments(0)

空白期間の出来事  運命の流れ

シドニーの敏腕脳外科医の帰り、ダンナと別れ職場に戻る途中、


ふと思い出して、友達のけいちゃんに電話をした私。

けいちゃんの友人ご夫妻が、しばらく前に日本から遊びに来ていて、

そのご主人が脳外科医だということを思い出したのです。



日本での脳動脈瘤についての現状を知りたいと思い

けいちゃんに頼んでお友達のご主人とメールでやりとりできるよう、取り計らってもらいました。

日本での手術もオプションとしては考えてみよう、ということで。



シドニーの財前教授にダンナは

「妻は飛行機に乗っても大丈夫ですか?

彼女の母のいる日本で手術するとしたら、気圧の変化に耐えられますか?」

なんて聞いて、ムッとされ

「日本ですか?

海外からわざわざ僕の手術を受けに、飛行機でシドニーに来る人もいますけど、飛行中に破裂した人は未だ
いませんから、大丈夫でしょう」

と、やんわり自分の腕前を自慢されていました。



そして、シドニーでもセカンド・オピニオンも求めて

別の脳外科医の予約も入れました。

ただし、6週間待ちですが・・・。



それ以降も、他の友達にも、知り合いで同じようなケースはないか

いろいろ聞いてみました。

皆、それぞれ調べてくれたり、お友達からの温かい励ましメールや親切には、

本当に感謝しきれません。



もちろん、シドニーの財前教授、ドクターMに言われたことは

ボスにも報告していましたが、翌日ボスが

「僕の家内が実はヒーラーで、みほさんのことを話したら、

ぜひ診させて欲しいって言ってるんだけど

駄目モトでいいから、ちょっと試してみませんか?」という、驚きの申し出。



ボスの奥様はメークアップアーティストのYさんで、

私はヒーリング・メイクを受けたことがあり、かな~り気持ちよかったし

その最中に、ものすごく不思議な体験をしたので

喜んでお受けすることにしました。



こうして、私に脳動脈瘤が見つかったことで、お友達やボス、ボスの奥様まで

本当に皆さん親身になってくださって、

言葉にできないほど、心から感謝の気持ちでいっぱいです。



そして、Yさんのヒーリングを、私は受けることになったのでした。
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# by dewdrop3 | 2009-05-30 21:05 | 日々雑感 | Comments(0)

空白期間の出来事  シドニーの財前教授

シドニーに戻った翌日から、早速仕事。


締め切りのある編集の仕事なので、日本にいた2週間の休みをキャッチアップするために、追い込みに入って
います。



就業時間中に、脳外科医との予約がはいっていたので、

動脈瘤の件は、ボスに話しました。

MRIのコピーを持参し、シドニートップクラスの敏腕脳外科医と言われるドクターMに会いに行きました。

今回はダンナも一緒なので、ちょっと心強いかな・・・。



でも、実際に脳外科医のドクターMに言われたことは…

「う~ん、このMRIで見る限り、あなたの動脈瘤はコイル式手術では

成功率は低そうなので、やはり開頭手術で行なったほうがいいですね。

動脈瘤は、破裂したら半数以上の方は亡くなりますし

死に至らなくても、身体に麻痺が残ったり、運が悪ければ

植物状態ということもあり得るから、やはり早いうちの手術を勧めます」



「動脈瘤が破裂するときは、突然それは激しい頭痛に襲われます、

ここにトルコの女性歌手がレコーディング中に

動脈瘤破裂で倒れた映像がありますよ」

と言って、ご丁寧にPCで、彼女のその様子まで見せてくれました。



もう、ダンナの顔は真っ青・・・

私もかなり動揺していました。



でも、ネットでいろいろ調べていたから

私くらいのサイズだと、動脈瘤が破裂する可能性は1年に1~2%とか。

でも、余命40年として、その確立は毎年増えていくから

5年後には5~10%、10年後には10~20%になってしまう・・・。

切るべきか、切らざるべきか・・・そしてタイミングが問題だ。



ドクターMは、「僕はかなり忙しいけど、10日後なら空いているから

その日に手術をしましょう。比較的小さいから大丈夫ですよ。

1週間~10日の入院で、1ヶ月くらいは自宅療養が必要です。

早いほうがいい、この誓約書にサインして、手術室の予約を入れましょう」

って、あれよあれよと言う間に話を進めている。



入院費用も含めて、手術と治療にかかる金額は、30000ドル。

これを聞いて、さらにダンナの顔が蒼白に・・・

借金しなくちゃ、すぐに用立てられる額じゃない。

我が家には、ローンはあっても余分な貯金なんてないんだから・・・。



ダンナは、動脈瘤ができた原因はストレスか、とドクターに聞いている。

彼が事業を始めて定収入がなくなり、

そのために私がフルタイムでチャイルドケアの仕事をしたり、

経済的な心配をしていたのが2年前。

チャイルドケアの仕事では、体調を崩し肺炎にもなりかけた、

そのせいなのでは…と思っているらしい。



さつきは、本人のわたし以上にショックを受けているダンナを見たら

急に前向きになってきて

「そんな原因なんて今さら言っても、できたものは仕方ないよ。

どうやって直すか、治療のことを考えなくちゃ」

と、逆に励ます立場になっていました。

手術を受けるのは私なのに、これじゃあどう見てもダンナの方が病人だよ。



でも、私はこの場で手術の合意書や誓約書には

どうしてもサインする気になれず、もう少し考えさせて欲しいと言って

ドクターMの診察室を出ました。



だって、このドクターはあまりにも切りたがっていて、

他のオプションについては、全て否定的。

あなたはシドニーの財前教授か、総回診か…、

確かに大学教授なら、私なんて、医学生に見せるにはもってこいの

比較的リスクの低い脳外科手術の、成功例となるのだろう。



でも、私の心の中の声が

「ちょっと待て!」と言い続けているんだもん。

いくらシドニー一番の脳外科医でも、

やっぱり、今ここでサインはできない!



「お金のことなら何とかなるから」と言うダンナに

「そうじゃないよ、私が自分で納得いかないから。

あのドクターは怖がらせることしか言わないし、

あんなに切りたがるのは、どうもね・・・」と言って

二人とも、それぞれの仕事に戻ったのでした。
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# by dewdrop3 | 2009-05-30 20:15 | 健康・美容の話 | Comments(0)

空白期間の出来事  祖母の死

横浜で眼の手術を終え、眼帯もしているし、

今回の帰国は名古屋の友達には連絡せず、実家で静養・・・。

あとは、帰国目的のひとつだった父の法要を無事すませ、

当初の予定通り、シドニーに戻ろう、と決めました。



脳外科医の先生には、


今回は予定通りオーストラリアに一度戻って、手術はシドニーでするか、

日本でするか、ダンナともよく話してから決める、ということを伝えました。

私には、シドニーでやりかけた仕事も残っているし、

それを放りっぱなしでは、治療にも専念できないから。



法要の前日の朝、母に電話がありました。

老人ホームにいた母方の祖母が、今朝方亡くなったという

叔母からの知らせ・・・

あわてて弟と私と母と3人、岐阜県にある母の実家まで車を飛ばしました。



窓から見える久しぶりの田舎の景色は、昔とは変わっていたものの

それでもとても懐かしい気がしました。



享年92歳の祖母は、本当に観音様のように美しい顔でした。

肌なんて、私よりもきれいに輝いて、笑みさえ浮かんでいました。

皆、悲しくはあったけれど、おばあちゃんの顔を見たら

こういう大往生が、天寿を全うしての死なんだな、と思えました。



この祖父母の家は、夏休みや冬休みになると、

母の姉妹とその子供たちが集まって、それこそチビたち8人~10人くらいが

いつもワサワサいて、座敷2つのフスマをはずして

枕を並べ、合宿状態で過ごしたものです。

ちょっとした田舎のホリデーハウスっていう感じでした。



ここで、おばあちゃんに美味しいものを、たっくさんごちそうになった・・・、

楽しい思い出だけがよみがえってきます。

こんな幸せな往生だったので、集まったいとこたちとは

ちょっとした同窓会気分。

15年ぶりぐらいに会ういとこもいます。



皆、結婚し、子供が生まれ、人生でもっとも忙しい時なので

帰国してもなかなか会えなかったけど、

おばあちゃんは、にぎやかなのが大好きだったから

こうして、わたしが帰国している時に、皆に集まって欲しかったんだね、

と、話していました。



涙もたくさん流したけど、この親類ならではのジョークも炸裂し、

ゲラゲラよく笑った・・・。泣き笑いの仮通夜でした。

懐かしい人たちにたくさん会えて、パワーをもらえたのは

すべて、おばあちゃんのおかげ・・・。




おばあちゃんは、絶対に知っていたよね。

私が動脈瘤のことで、ちょっと元気がなかったことも、

明日が父の法要で、予定が詰まっていたことも、

あさってシドニーに帰ることも、

こうして、ぽっかり予定がなかった唯一の日に

私に素敵なプレゼントをくれたんです。



おばあちゃん、本当にありがとう・・・!

おばあちゃんの孫で、とっても幸せだよ、わたしは。

また、いつかどこかで会えるよね・・・
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# by dewdrop3 | 2009-05-30 18:26 | 不思議な話 | Comments(0)