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シドニーでボディ・マインド・スピリットのバランスのとれたライフスタイルを
by dewdrop3
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カレル先生の思い出の家


今日は、映画の上映会と、音楽会と忙しい一日でした。

毎年恒例になっている、ストリート音楽会が、
うちの通り、Pストリートの真ん中のお宅で、催され、
子供も大人も音楽の腕を披露します。

今年は、リコがサックスフォン以外に、オーボエも演奏するので、
彼女のオーボエの先生をお誘いしました。
彼は、とてもやさしいカレルという名のおじいちゃま。
多分、お年は70歳代ではないかと思います。

シドニー・シンフォニー・オーケストラで、オーボエ奏者だった彼は、
チェコスロバキア出身で、英語も欧州訛りが強いのですが、
本当に優しくて、謙虚でロマンチストで、素敵な先生なのです。

今回は、オーボエの二重奏ではなくて、
リコのピアノ伴奏に来てくださいました。

そして、とても不思議な縁なのですが、カレル先生は、
私の住んでいるPストリートの、我が家とは反対側の端のお宅に
ず~っと昔、住んでいたことがあるのです。
だから、彼もこの『Pストリート・音楽会』に、参加資格は十分!

今ではカレル先生の住んでいたお宅は、
持ち主が二度変わっていますが、
先生は、同じ町の駅向こうに住みながら、この通りを訪れるのは、
本当にものすごく久しぶりとのこと・・・。

それは、最愛の奥さまと一緒だった時に住んでいた家なので、
彼女が癌で亡くなってからは、家も手放し、
一人で暮らしたり、再婚したり、と人生を生きてきたけれど、
この通りに来ると、当時の記憶が、ぱーっとよみがえってくるから・・・
だそうです。

街並みや人は変わっても、彼の最愛の奥さまは、
時間が止まったまま、彼の心の中に住み続けているのでしょう・・・。
カレル先生が、私に昔のことを話してくれました。


若くて不思議な瞳の色をしたオーストラリア女性のオーボエ奏者が、
ヨーロッパへの演奏旅行で、
プラハのオーケストラにいたカレル青年と出会い、
一緒に演奏した縁で、文通が始まりました。

彼が、またプラハにおいで、と手紙に書いたら、
招待してくれてありがとう、じゃあ、そちらに行くわ・・・
と、本当に海を越えて、再びプラハに来たのでした。

結婚することになった二人ですが、言葉の壁はあるし、
ユーモアが通じなくて、吹きだしてしまうこともあったけど、
二人が、お互いを分かり合う作業は、
自分自身をよく知ることになって、本当に楽しかったそう。

ぱーっと燃え上がる愛情は、早く冷めてしまうこともあるけれど、
カレルは、奥様と愛情を少しずつ育んできた、と言っていました。
年月が重なるたびに、お互いの理解が深まって
本当に良い関係を築いていたと・・・。

彼女がオーストラリアに戻りたいと言い、カレルも豪州に移住し、
息子さんも生まれて、一緒に成長を見守り、とても幸せだった時に
奥様の癌がわかり、二人で闘病することになったそうです。

奥様が亡くなったのは、44歳の時、若すぎる死でした。
それからのことは、カレル先生はあまり話しませんが、
どれだけ、先生が奥様を愛していたか、痛いほどわかりました。
先生の気持ちを想っただけで、切なくなります。

ふと、この前観た映画、『UP(日本でのタイトルは、カールじいさんの空とぶ家』を思い出してしまいました。
この映画のカールおじいちゃんも、
最愛の奥さまをいつまでも思っているものね。

音楽会が終わった後、車でお宅まで送る時に、
カレル先生が奥様と住んでいた家の前を通りました。

カレル先生は、窓から流れる家の様子を眺めて、
それから空を見上げました。

彼がこの通りに来ることは、またしばらく無いと思うけれど、
カレル先生が奥様と二人で散歩したであろう、この通りを
私は毎日歩きます。

時間も距離も飛び越えて、明日からは、
私も、いつかカレル先生と奥さまの仲むつまじい姿を
この通りで見かけるかもしれないな・・・
なんて、ふと思いました。
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by dewdrop3 | 2010-03-28 20:05 | アートな話 | Comments(0)
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